月の夜に降る雪

――詞華集 日々の営みの中で さまざまにうつろう 心模様です――
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それだけが残されたもの

わたしは書きたいことを書く。

それだけが、わたしに残された慰めだから。

消えないストレスを、考えても仕方ない。
他に心配すべきことは、いくつもある。

分かっていても圧迫されるし、
頭を離れない。
日々、理不尽は起こるから。

だからわたしは、書きたいことを書く。

それだけが、わたしに残された救いだから。


ほんの少し

人生がまだ終わってなかったと知るのはいいことだ。
そこはかとなくいいことだ。

頭のてっべんの避けられない白髪をまめに染めてみたり、
胸の形を整えるブラを買ってみたり、
ダイエットなんかして、顔が痩せたらたるみが現れて嘆いたりする。

もうかなり終わっているのだけれど、まだいいこともある。
それを知るのはいいことだ。

月曜の朝が嫌でなくなる。
仕事帰りにカフェなんて寄ってみたくなる。
人と優しい気持ちでつきあえる。
なんかうきうきしたりする。
足取り軽くなったりする。

もう人生に気負いなんかない。
少し嬉しければ楽しめる。

ほんの少しで気分が上がる。

明日、悲しみが待っているかもしれないとわかっていても、
明日、ひどいことが襲ってくるかもしれないとわかっていても、
ほんの少しで微笑める。

そこはかとなく微笑める。


夏の日の静けさ

静けさが、ひとしずくすべての上に
水のようにひろがるこの夏の日に、
松の眠りのなかに叫びつづける蝉のように



フランシス・ジャムが祈りを捧げる、夏を描いた詩の中で。

フランシス・ジャムの生きた国と、わたしが生きる国では違う。
夏の暑さの度合いも、質も、暮らしも。

それでも同じ静けさがある。

暑さにものみなが息をひそめて物陰に隠れている、そんな静けさ。

蝉の声が響けば響くほど、深まる静けさ。



何一つ変らなかった。あの日のままのすべてを僕は見出した

ヴェルレーヌが書いた。
夏を歌った詩の中で。

このフレーズが、わたしを捕えて放さない。


誰もが何かを抱えてる

誰もが何かを抱えてる。

それがわかると、許せるように思える。
そうか、この人がこうなのは、そういう事情だったのか。

でも誰もが何かを抱えてる。

わかってもやっぱり、許せなくなる。
なるほどたしかに事情はあるかもしれないけど、

でも誰もが何かを抱えてる。
あなただけじゃないのよ、って。


幸せな老後のために

幸せな老後のために必要なものは、きっとあれこれある。

でもまず第一に必要なのは、お金だと思う。

このことには、きっと多くの人が賛成だろうと思う。


荒れた手のように

わたしは働かない。
水を使った家事をほとんどしない。

同じくらいの年かなと思うその人は、
2人の子供と義理の両親と夫のため、
ずっと家事をし続けている。
子供が成人して仕事をしている今でさえ。

だからその人の手は荒れて、年を感じさせる。
それはその人の人生の勲章だけど、
肩や胸につける勲章ではなく、
受けた傷、失った体の一部が勲章だというのと、同じ意味。

――肩や胸につける勲章は、立派に生きてる2人のお子さんとか、
いずれ子供たちに遺される立派な一戸建てとか、だからね。


わたしの手は荒れない。
でも荒れるものもあって、それは心。

何十年も仕事をし続けていれば、
手の皮膚が厚くなるのと同じように、心も厚くなる。
手が堅くなるように、心も堅くなる。
手が荒れるように、心もすりきれる。

ほかに賭けるべきものがなくなれば、
得るものもなく荒れる一方。
育っていく子供や、成功していく自分、
そんな誇れる何か、積み上げてきた何かがなければ。

心は荒れていく。年を取った主婦の手が荒れるように。
ガサガサになっていく。繊細でなくなっていく。

年を取った主婦の手が荒れるように。



人生はごちゃごちゃ

うまくいってると思えることもある。
うまくいってると思えることの中にも、
「でももしかして」や「あれはまずかったな」がある。

心配なまま、不安を抱えてることもある。
心配で不安で考えると暗くなっても、
「まだ絶望ではない」や「なんとかこのまま」がある。

逆境に陥って、ずっと逆境を耐え抜くのでもなく、
悲劇が続いて、立ち直れずに慟哭するのでもなく、

すべてが良い連鎖、順風に援けられて進むでもなく、
素晴らしく嬉しいことがあって、絶頂を見るでもなく、

人生はごちゃごちゃ。

いいことも悪いことも混ざり合って、
いいことの中にも悪いことがあって、
悪いことの中にもましなことがある。

――つまり、具体的に物語れば、

仕事はうまくいきはじめているけど、
子供のことは心配ごとがある、

うまくいきはじめた仕事も、ときに失敗や後退があり、
心配な子供のことも、まだ希望はあり、ときに前進する。

介護している義父母は、ストレスであり、イライラ。
仲の良い異性の同僚は、自己満足でもあり、いい気分。

慰めである実母が病気を抱えて、不安。
でもまだ絶望ではない。
ということは、ずっと不安ということでもある。

――つまり、そんなふうに、
四十も後半に入れば、人生はごちゃごちゃ。

同時にいくつもが重なって、ごちゃごちゃの毎日。

・・・・・・ごちゃごちゃだってこと。


今朝の下り電車

通勤時間帯だけど、下りだから立っている人はほとんどいない。

朝の下りだけど、通勤時間帯だから席はほとんど空いていない。

でも完全に埋まっているわけではないのだ、
入り込む隙もないほどぎっしりでは。

狙っていた、まぶしい光の射さない側、
入れなかった。

みんなが狙っていたけど、誰も入れなかった。

蜘蛛のように膝を広げて、長い足を体より倍も横に出している若者。
彼の脇の空間にお尻を入れるのは、乗り込んだ客は皆、躊躇した。
彼は浅黒い肌をした、異国の若者か異質な若者のどちらかだったから。

足を投げ出すように広げて、目を閉じている男性。
むりやりお尻を入れてこの人を起こすのは、皆、やめておいた。
そこまで混んではいなかったから。そんな面倒なことをするほどでもなかったから。

最後にもう一人、足を広げて座っている若者。
彼には言えた。「すみません」と言ったり、お辞儀をしたりして、隣にお尻を押し込めた。
でも誰もやらなかった。

この人だけが少しくらいよけてくれても、他の二人が動かなければ、やっぱりかなり窮屈だから。

そうして朝の下り電車は走って行った。



今日も五月晴れ

開始から2ヶ月、すべてにおいて失望した。

いや、さすがにそれは誇張だ。

しかしいろいろなことについて、失望した。

分かっていたはずなのに、
覚悟していたはずなのに、

期待を捨てきれていなかったんだなあ。

そんな自分にもちょっと失望して、春が終わる。

今日も五月晴れ。


子供がいるってこと

「あの人は40代くらいだけど、新婚みたいね」
「そのようですね」
「ご主人とは同じような仕事をしているんですって。
きっとおうちに帰って、方法論とかを話し合ったりしてるのよ」
「ああ、そうかもしれませんね」

「でもあたしは心の中でいつも、新婚さんの話を聞くとき思ってるの。
今だけだよ、って。そのうち話も通じなくなって、話さなくなっていくよ、って」

――そうかな。
年をとっても仲の良いご夫婦もいるけれど。

あ、そうか。

この人にはお子さんがいるんだ。成人したお子さんがいるんだ。

子供のいない夫婦は、相手を頼りにするしかない。
だから仲がいい。
仲良くしていく我慢をするから。他に心の支えとなるものがないから。

あ、そうか。

この人にはお子さんがいるんだ。
そういうことか――


お腹を痛めた子

話していて分かった。

ああ、そうか。
この人が利己的なところがあって、
でも何も省みる必要もなく、いつでも笑顔で、
自己を卑下する日も、嫌悪する時もなく、
明るく、何の疑問もなく生きていけるのは、
家族がいるからだ。

子供がいるからだ。

決して自分を断ち切ることのない、
強いきずなで結ばれた存在が、
三人もこの世にいるからだ。

「お母さん」――それは特別だからだ。
生まれた子にとって。

愛されなくなることはない。
100パーセントの確信を持って、
子供たちの存在を信じていられる。

子供はいなくなることがない。
父母は自分より早くいなくなる。
夫はもしかしたら自分より早くいなくなる。

でも子供は、自分より先にいなくなることがない。
――普通ならば。

普通でないなんてわけがあるはずない。
少なくとも今はそう思える。

子供は確固たる存在だ。
確固たる存在意義だ。
自分の存在への全面的な肯定だ。

だからか。

まっとうに成長した、健康なお子さんが三人もいる。
そういうことか――


すれ違い

自分の生活が変わる。
仕事が変わると、自分も変わる。

意識も、リズムも、見ているものも、
変わっていくことになる。

パートナーへの依存が大きいと、
変わらない相手と、変わって行く自分の乖離に、
寂しくなる日が来る。

すぐに来る。

その果てにはすれ違った人生が、すれ違った愛の残骸が、
ただのなれあいとなって存在するだけではないかと、
悲しくなる日が来る。

すぐに来る・・・・・・


一抹の寂しさ

新しいところに移って三週間。
同じ組織、同じ仕事だけど、
これまでの気楽で自由にやれた場所とは違う。

分かっていたはず。
なのに、日が経つにつれ、増えていく。
ああ、こういうことかという実感。

小さな失望が重なっていく。

機械的に進んでいく物事の、
とても小さいネジなのだということが、
目の前にハッキリ見えてくる。

歯車でさえない、小さいネジ。

分かっていたことだけれど、
ああ、こういうことなのか。

春の休日、山を歩いて寺に行く。
引いたおみくじには、小吉の文字。

「すべて順調だが、その中に一抹の寂しさが混じる」

安定が必要で、今の場所に移るために頑張ったけど、
競争をくぐり抜けてたどり着いたけど、

たどり着けて順調だけど、
一抹の寂しさ。

ああ、そうだ、本当だ。


敗北

わたしは負けた。
戦い始めたつもりはないけど。

勝てないという意味で負けた。
それを上も容認したということで、確定した。

心の中だけのことじゃなく、
対外的にキッチリ負けた。

戦うべきじゃなかった。
理屈の通じない相手とは。

でも戦ったつもりはなかった。
受け流そうとしたのに。

そんなことはよくあること。
国同士でだってよくあること。

仕方ないんだ。
運が悪かった。

負けの黒星がひとつ、ついてしまっても、
仕方ないんだ、運が悪かった。