月の夜に降る雪

――詞華集 日々の営みの中で さまざまにうつろう 心模様です――
MENU

シーズン最終話の悲劇

Season3の最終回。デルが死んでしまった。
してやられて、涙が流れる。

これはいつもの手。

マヤのことで皆が心配していて、大騒ぎ。
死ぬか生きるかの瀬戸際が続く。

「でもきっと死なないよね。マヤはまだ子供だもの。
ここで死んでしまったら、このドラマのテイストからしたら悲しすぎて合わない」
「それでもそういう予測を裏切って感動させるために下半身麻痺になるかも?
それともマヤは無事に生かして、胎児を殺すかも?」

ついついマヤのことに気をとられて忘れていると、
デルがいきなり意識不明に。
まさかまさか、この展開は・・・・・・と驚いているうちに、
音楽だけで音のない世界でデルの心電図はフラットになる――

いつだって、使われる手。

このドラマの親ドラマでだって、イジーが生死の境をさまよっているときに、
いきなりジョージが交通事故で運ばれてきて、死んでしまう。



予測のできる死は――
悲しみが少ないわけではないけれど、心の準備ができる。

だからドラマでは、別のクライマックスで目くらましをしておいて、
突然の死をもってくる。

分かっていても、やられてしまうときがある。
てんやわんやに、ゴタゴタに、許しや和解のドラマに目をくらまされ、
本命の「死にフラグ」を巧妙に隠されて――
してやられてしまうときがある。



予測のできる死は――
悲しみが少ないわけではないけれど、心の準備ができる。

実のところ、愛する人の死に準備なんてできないけれど、でも予測ができる。

老いていく祖父母には――
老いていく父母には――
患っている家族には―― 若干の覚悟ができていく。

――ほんの若干であって、悲しみが少ないわけではないけれど。

でも

突然、消えてしまう命、
病名を宣告されてから、わずかの期間で旅立ってしまう家族、
そのわずかの間は必死で治癒を願っていて、心に何の準備もできなかった死。

突然の喪失には、不意打ちされてしまう。



ああ、ドラマを見て、そんなことを思うなんて、
わたしも周囲が不穏な年代になってきたっていうことだ・・・・・・



該当の記事は見つかりませんでした。